第8日目(9月15日:木)
いつものようにワンダーランド駅へタクシーで行こうとすると、緊急の人がいるので相乗りさせて欲しいという。
気安く良いよと言ったら、黒人の女性とそのお母さんが乗り込んできた。
2歳の娘が火傷をして入院中で、娘の見舞いのために病院へ行くのだそうだ。
タクシーの車内で、運転手がボストンのどこへ行くかと聞くので、セイラムだというと、北駅から乗るのかという。
そうだと答えると、なんとタクシーは北駅まで行ってしまった。
料金はしっかり16ドル取られたが、朝のハイウェイを走ったのは、新しい体験だった。
Red Roof Inn からローガン飛行場までは24ドル、ボストンまでは48ドルと提携してるから、ロイヤル・タクシーを使ってくれ、とカードに書いてくれた。
ケイタイをもっていないので、タクシーは呼べないよと言うと、公衆電話を使ってくれ。
クオーターを上げようかという。
公衆電話は壊れていないかというと、ワンダーランド駅の海側なら大丈夫だという。
彼は狭い地域にタクシー会社が4社もあるので、競争が大変だと言っていた。
ロイヤル・タクシーは小さなタクシー会社なので、全員で営業をしているのだろう。
じつに気の良いヤツだった。
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コミューター・レールを引っ張るディーゼル機関車 |
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北駅からセイラムへは、コミューター・レールという通勤列車が走っている。
アムトラックから線路を借りて、地下鉄会社が運営しているらしいが、別料金で7日切符では乗れない。
通勤時間帯こそ、1時間に2〜3本あるが、なにせ単線だから限界がある。
しかも、この列車はディーゼル機関車に曳かれた時代物である。
全部で6〜8両くらい連結しているが、2両に1人くらいの割合で車掌さんが乗っている。
駅員のいない駅から乗ってくると、車掌さんが車内で切符を売る。
しかも、昔我が国でもみたような、パチンパチンとハサミを入れる式の長い切符なのだ。
我が国なら省力化で、とっくに車掌さんなどいなくなってしまうだろうに。
アメリカでは全体に人手をかけている感じがする。
コミューター・レールでは1列車に4人くらいの車掌さんが乗っているし、飛行場のレンターカー受付にもエイヴィスからバジェットまですべてに人がいる。
レストランでもウェイター・ウェイトレスは日本より多い。
省力化はアメリカの十八番と思ったが、意外に人手が配置されている。
驚いたことに、このゴツいディーゼル機関車の運転手は、なんと女性なのだ。
大型の機関車と女性の組み合わせが面白い。コミューター・レールというおんぼろ列車は、単線をゆっくりと走っていく。
列車というハードは古いが、自転車は持ち込みができるなど、運営ソフト面での革新は進んでいる感じがする。
帰りに判ったことだが、夕方も6時頃になると、ボストンから多くのサラリーマンがセイラムなどに帰宅する。
これなら、ゆったりした人生が楽しめるだろう。
セイラム駅は、駐車場の端にへばりついたようにホームが延びており、駅舎のようなものはない。
一歩ホームを降りると、そこはもう道路である。
駐車場とホームの間を歩き、前の広い道路へとコンクリートの階段を上がる。
映画「クルーシブル」の舞台にもなったセイラムは魔女が有名で、ハロウィーンには全米から魔女ファンが集まるのだとか。
さすがに魔女で有名な街らしく、魔女の案内板があちこちに見えるし、タクシーにも魔女マークが印されている。
商店のウィンドウにも、魔女関連の商品がずらりと並んでいる。
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魔女マーク |
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街の中心にあるセイラム魔女案内所に行く。
地図をもらって、市内観光バスの乗り方を聞く。
案内所の前から30分毎に出ているとか。
切符は自販機ではなく、赤いベストを着た女性から買うのだ。
ここにも人手をかけている。
紫色が魔女の色らしく、紫の衣類などを着た女性たちが、10人くらい集団で観光に来ている。
彼女たちもバスに乗るのだろう。
バスは小さなセイラムの街を一周する。
途中で乗り降り自由というのも、ボストンのバスと同じ。
でも、満員になるとバス停を通過してしまうので、途中下車すると再びバスに乗れなくなる恐れがある。
バスの中では、男性が街の案内をしており、どこそこのレストランが美味いとか、けっこう勝手なことを言っている。
バスを降りると、お昼を過ぎていた。
バスの案内人の宣伝に従って、近くのレストランに入る。
宣伝の効果からか、けっこうな人がいる。
しかし、待つほどのこともなく、テーブルに案内される。
地の生ビールにラムチョップとクラムチャウダーを食べる。
食後はバスで一周した後を、今度はめぼしいところを歩いて廻る。
ここでは展示館が劇場形式になっており、中では寸劇などを演じて魔女を売り込んでいる。
学芸会のようで、じつに長閑な観光地である。
こんな街に暮らしていたら、人間性が豊かになるだろうか。
ピーボディ・エセックス博物館に行く。
最近増築されたらしく、建物が素晴らしい。
ノーマン・フォスターも真っ青。
ここで面白い展示を見た。
横70センチ、縦120センチくらいの液晶盤に、あたかもポートレート写真のように女性が写っている。
ちょっとみると動いてないようだが、じつは少し動いており驚く。
ビデオアートの一種だろうが、新しい表現のように感じた。
しかも、3枚展示されているうちの1枚のモデルは、博物館の案内をしている女性だった。
彼女に新しい試みで感心した。
作者は?
と聞くと、アン・ミューラーという女性だという返事。
カメラの前に10分間ばかり立っていたのだという。
これを見ただけで満足だった。
サラリーマンが帰宅するのと反対に、われわれはボストンへと戻る。
来るときより乗客は増えているが、それでも我が国のラッシュとはほど遠い。
進行方向に固定されたバス型の座席を、1人で占領してもまだ空席がある。
ダウンタウンのラッシュ時の地下鉄だって、混雑で人と人がふれあうと言うことはない。
着ている物を見ると、日本人のほうがはるかに良質の物を着ている。
それは確かだ。
全体に日本のほうが小綺麗で、ピカピカしている感じがする。
しかし、生活の余裕というか、生活を楽しんでいるかは、アメリカ人に軍配が上がりそうだ。
もちろん、アメリカの貧乏は底知れぬものだろう。
貧富の格差がひどいことは承知だが、普通の市民生活の質が何か違うような感じがする。
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ボストン市内の夕暮れ |
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ボストンのダウンタウンへ戻ってきた。
ボストンは海産物で有名である。
今日の夕食は牡蛎にしよう。
ということで、創業1826年のユニオン・オイスター・ハウスへと向かう。
ヘイ・マーケット駅の駅員さんに聞くと、たちまち教えてくれた。
超有名なのだ。
しかし、着いたのは夕食時。
40分待ちだという。
幸いなことに、テーブルに1人で座っていた女性が、相席を申し出てくれた。
我々がセイラムに行ってきたことを知ると、どうだったと聞く。
そこで、「There were many witches, Alived witches.」と言うと、彼女は大笑いした。
彼女はかつてボストンに6年住んでいたが、今日はヒューストンから来ているのだとか。
ハーバードの医療機関に研修に来たのだという。
メキシコ系の2世で4児の母だという。
オイスターも良いが、musselが美味いから頼めと言う。
ムール貝のことをmusselと言うのだと知った。
片言のスペイン語をまじえて、話は多いに盛り上がった。
1時間位しただろうか、彼女は先に失礼すると席を立った。
こちらも立って握手して別れた。
そして、ウェイトレスに追加を頼もうとしたら、会計を新たに立てるかと聞いてくる。
変だなと思っていたら、彼女が我々の分まで支払ってくれていた。
初対面の我々に、奢っても何の得にもならない。
にもかかわらず、黙って奢ってくれていたのだ。
何というスマートなマナーなのだろう。
初対面の外国人と話が盛り上がったら、ボクにこんな粋な対応ができるだろうか。
1メートル50センチそこそこの小柄な女性だったが、世界は広いと思い知らされた。
この店の常連らしく、ウエイトレスも彼女は素敵な人だと言っていた。
脱帽である。
見習おうと思う。
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